駅メモで全国を旅するブログ

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日本全国を旅した記録を、豆知識などを交えてお伝えします。

【駅メモ攻略】福井鉄道鯖浦線_旅行記(その1)

ご覧いただきまして、ありがとうございます!

 

この記事は、位置情報ゲーム「駅メモ」の攻略を主軸とした旅行記です。

駅メモに関する専門用語も使っていますが、これらの説明などは行わないことを先にお断りさせていただきます。

 

 

また、自分は完乗主義ではなく、アイテムを多用して赤新駅を回収しました。

そのため、完乗主義の方にとっては有用ではない記事となることでしょう。

レーダーやルートビューンなどを使い、効率的に路線をコンプリートしたい方の助けになればと思っています。

 

 

とは言え、純粋な旅行記としても楽しめるように記事を作成したつもりです。

駅メモをプレーされていない方にも、楽しんでいただければ嬉しいです。

 

 

 

今回は「福井鉄道鯖浦線」をご紹介します。

 

 

攻略方法の概要

 

この記事を見てくださった方の中には、「攻略方法を早く知りたい」という方も居ると思います。

いち早く攻略情報を知りたい方にとって、旅行記の中に攻略情報が紛れていては煩雑に感じることでしょう。

 

よって、この節にて攻略に関する情報のみを簡潔に記載します。

行程を組む際には、この節で書かれた情報を見れば十分かと思います。

※自分が実際に辿った行程は、(その2)の記事の最後にて共有します。

 

皆さんが鯖浦線を攻略するときの参考になれば幸いです。

 

 

灰字の部分は、(その2)の記事に登場

 

【「福井鉄道鯖浦線」のコンプリートを目的として利用した路線】

・<バス>敦賀市コミュニティバス常宮線敦賀駅バス停~立石バス停を往復)

・<鉄道>福井鉄道福武線(越前武生駅→西鯖江駅

 

【攻略法】(重要な部分は太字

1. 敦賀駅前のロータリー「4番のりば」から「立石」行きのバスに乗車(12:50発)

2. 常宮線バスの終点「立石バス停」から、鯖浦線の末端部の駅にレーダーでのアクセス(陶の谷、樫津、下江波、江波、矢倉、織田)

3. 折り返しのバス(13:40発)で、敦賀駅まで移動

4. JR北陸本線を利用して、敦賀駅から武生駅まで移動

5. JRの武生駅から徒歩で福井鉄道福武線の「越前武生駅」まで移動、福武線乗車

6. 福武線の家久駅~サンドーム西駅間のカーブから、2.の手順ではアクセス不可だった駅(西田中、佐々生)にアクセス

 

 

※2.と6.の手順では、レーダー検知範囲が18まで必要です。平常時であれば「なつめ」のスキルとレーダーブースターを使用することになりますが、イベント時にはレーダーブースターのみで済むこともあります。

 

※上記の説明に登場していない4駅(鯖江、東鯖江、越前平井、川去)はJR北陸本線福井鉄道福武線から難なくアクセスできます。なお、6.の手順にてアクセスをした2駅(西田中、佐々生)はレーダーの範囲が18の場合、北陸本線からはアクセス不可です。

 

 

以下、路線の説明旅行記などが続きます。

バスからの車窓、観光情報の補足などをお楽しみください。

 

路線概要

 

福井鉄道鯖浦線の終点である「織田駅」跡周辺

 

路線情報
路線名 : 福井鉄道鯖浦線
読み方 : ふくいてつどう せいほせん
走行区間 : 鯖江駅~織田駅(駅メモ内のデータベース基準)
所属駅数 : 12駅(駅メモ内のデータベース基準)

 

【路線情報の補足】

福井鉄道鯖浦線は、鯖江駅から織田(おた)駅までの13駅を結ぶ路線でした。

1973年に廃止された路線でありながら、駅メモには収録されています。

(以下、福井鉄道鯖浦線を単に「鯖浦線」と表記します。)

 

鯖浦線の正しい読み方は「せいほせん」ですが、このように読むのは難しいです。

そのため、地元民などから「さばうらせん」と呼ばれることも多かったそうです。

自分も最初に見たときは「さばうらせん」だと思っていました。

 

鯖浦線の駅数ですが、Wikipediaなどでは13駅駅メモでは12駅となっています。

この理由は、水落(みずおち)駅を数えるか数えないかの違いです。

 

水落駅も駅メモには収録されていますが、福井鉄道福武線の単独駅扱いです。

鯖浦線の駅としては、登録されていません。

この記事は駅メモの攻略記事ですので、以降は「鯖浦線の駅数は12」という前提で話を進めます。

 

 

 【アイテムでの攻略可否】

 

鯖浦線が走ったルートを辿るバスもあり、そちらを利用すればレーダー等のアイテムは不要です。

ですが、自分の行程とは相性が悪く、今回はこのバスを使っていません。

 

よって、自分としてはレーダーを使用しての攻略をおススメします。

(鯖浦線跡に沿って走るバスを使っていないので、責任を持って「これが最適解だ」とは言えないですが…)

 

駅メモに登録されている廃止路線は、現存する路線からレーダーでコンプリートできる場合が多いです。

しかし、鯖浦線ではそれが不可能です。

 

鯖浦線は、駅メモに収録されている他の廃路線と比べて区間が長いです。

よって、現存する路線(JR北陸本線福武線)からでは、鯖浦線の末端部がレーダーの範囲に収まりません

それゆえ、鯖浦線を福井県のラスボス」扱いする方も多いことでしょう。

 

「マスターオブ福井」(福井県の全駅制覇称号)を獲得するためには、当然この鯖浦線もコンプリートする必要があります。

そのため、鯖浦線の攻略方法について頭を悩ます方も多いと思います。

「どのバスを使うか?」「どこでレーダーを飛ばすか?」などが考えどころです。

 

福井県で一番大変だった路線は「鯖浦線」だ、という方も居ることでしょう。

しかし、これから紹介する攻略法を試してみたところ、「思ったほど大変じゃないな」というのが正直な感想でした。

 

この記事では、主に敦賀市コミュニティバス常宮線(じょうぐうせん)を利用する方法をお届けします。

車窓から見る景色や一連の行程が、みなさんの今後の参考になれば幸いです。

 

 

旅行記

 

旅行日:2020年1月19日(日曜日)

 

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 【12:24 敦賀駅

 

ここは、敦賀(つるが)駅」です。

今回の北陸旅は、ここからスタートします。

 

敦賀福井県の南部に位置しており、滋賀県との県境も近い位置にあります。

北陸地方に含まれますが、文化圏としては近畿に近いかもしれません。

(参考までに、敦賀駅の位置を共有します。)

 

 

敦賀駅には、JR北陸本線JR小浜(おばま)線が通ります。

北陸と各地を結ぶ特急「サンダーバード」(大阪方面)、「しらさぎ」(名古屋方面)も停車する大きな駅です。

※一部の「サンダーバード」は敦賀駅を通過します。

 

先ほど「ここからスタート」とは言いましたが、この日はもう既に4時間ほど移動しています。

東京の方から名古屋米原を経由して、敦賀までやってきました。

 

敦賀駅まで乗ってきた列車は、米原駅始発の特急「しらさぎ53号」です。

(「しらさぎ」には、名古屋駅発着のものと米原駅発着のものがあります。)

 

 

冒頭の「攻略方法の概要」にて説明した通り、敦賀へ来た理由は敦賀市コミュニティバス常宮線(じょうぐうせん)」に乗るためです。

早速、バスに乗るべく敦賀駅の改札へと向かいます!

 

2021年7月現在、敦賀駅の改札は1箇所のみです。

「2021年7月現在」とわざわざ書いたのは、2024年の春に北陸新幹線が通る予定だからです。

北陸新幹線敦賀駅までやってきたら、恐らく駅の南側にも改札ができるはずです。

 

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こちらは、敦賀駅の改札前です。

「ようこそ 若狭路の玄関口へ」の看板には、左から「鳥居」「ふぐ」「松原」が描いてあります。

これらは、それぞれ下記のものをイメージしていると思われます。

 

 鳥居 : 氣比神宮(けひじんぐう)

 ふぐ : 若狭(わかさ)ふぐ

 松原 : 気比(けひ)の松原

 

鳥居と松原に関しては、後ほど実物が登場します。

 

また、北陸新幹線の看板もあります。

右下には小さく「2023年春 開業予定」と書いてあります。

ですが、先ほどは「2024年の春」だと紹介しました。

 

この画像を撮影した2020年1月の時点では、確かに「2023年春 開業予定」でした。

この後に色々なこと(※)があって、「2024年春 開業予定」となりました。

※「敦賀駅ホームの工期延長」「加賀トンネルの追加補強工事」など

 

 

看板があった位置からバスのロータリーまでは、徒歩で1分もかかりません。

早速、ロータリーへと向かいます。

 

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こちらが改札を出てすぐ、駅の北側にある駅前ロータリーです。

今回乗車する「敦賀市コミュニティバス常宮線」は、この4番のりばから発車します。

 

 

Googleストリートビューも共有します。

左手に見えるのがバスの4番のりば、右手に見える入口の先に駅の改札があります。

 

この通り、敦賀駅の改札を出て一番近いバスのりばが「4番のりば」です。

この距離ならば、列車とバスの乗り換え時間が短くても安心ですね。

 

 

とは言え、この時は全然急いでいなかったので近すぎて困ってしまったくらいです。

バスの発車時刻までは、20分ほど時間があります。

ということで、駅の周辺を散策することにしました。

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付近を散策していると、SLの車輪がありました。

これは、9600形蒸気機関車の動輪です。

プレートは「29600」ですが、形式は29600形ではなく9600形みたいです。

(SLについては、あまりよく知らないんです…)

 

車輪の下にある説明には、

 

敦賀駅の開業100周年(1982年)を記念して設置した

敦賀市国鉄※が両輪となって、力強く200年周年を目指す

 

といったことが書かれてあります。

国鉄とは、JRの前身である「日本国有鉄道」のことです。

 

敦賀駅の開業200周年の日は、2082年3月10日のようです。

その頃まで自分が生きてるか分かりませんが、元気だったら200周年の日に敦賀へ旅行しに行きたいです。

(ちなみに、生きていれば88歳です。)

 

補足:「鉄道と船の町」敦賀
補足本文(クリック or タップで表示)

 

敦賀は、日本海側で初めて鉄道が通った地域です。

また、「鉄道と船の中継地点」としての役割も果たします。

かつては敦賀港線(敦賀駅敦賀港駅)も走り、敦賀港からは各国へ往来する船が多く発着していました。

 

ちなみに、敦賀港の読み方ですが港の場合には「つるがこう」駅名の場合には「つるがみなと」となります。

 

1912年(明治45年)には、ヨーロッパとアジアを結ぶ役割を担った欧亜国際連絡列車」の運行が開始されました。

これは、東京(新橋駅)~敦賀港駅の列車、敦賀港~ウラジオストク港(ロシア)の航路、シベリア鉄道などを経由して日本とヨーロッパ各地を結ぶものです。

この列車は船への連絡列車ということで「ボート・トレイン」とも呼ばれました。

 

当時は、「欧亜国際連絡列車」が日本とヨーロッパを結ぶ最速ルートでした。

それでも、東京からパリへは17日間も要したそうです。

 

今では、成田空港からパリのシャルル・ド・ゴール空港までの所要時間は12時間半ほどだそうです。

所要時間をおよそ30分の1にしてくれた飛行機の偉大さを感じます。

 

当時の最速ルートであった「欧亜国際連絡列車」を利用した人には「日本で最初のオリンピック選手」「命のビザで助けられた人々」が居ます。

 

 

◇日本で最初のオリンピック選手

 

日本で最初のオリンピック選手とは、金栗四三(かなくりしそう)氏三島弥彦(みしまやひこ)氏です。

欧亜国際連絡列車」の運行開始と同じ1912年、選手団は「欧亜国際連絡列車」を利用して開催地のストックホルムスウェーデンへと向かいました。

 

余談ですが、1912年五輪のマラソンでは金栗氏がマラソンルートを外れ、熱中症で倒れてしまいました。

自然に考えたら「途中棄権」とみなされて、レースの記録は無しになるでしょう。

 

しかし、そうではありませんでした。

「途中棄権の意思が表示されていないし、完走もしていない」ということで、金栗氏のレースは続行の扱いとなっていたのです。

 

その後、1967年にストックホルムにて開催された記念式典に招待された金栗氏は、50年以上の時を越えて式典で用意されたゴールテープを切りました。

これにより、1912年五輪の全プログラムが終了しました。

その記録「54年8ヶ月6日5時間32分20秒3」は、マラソンの最長記録として知られています。

 

 

◇命のビザで助けられた人々

 

「命のビザ」で知られる杉原千畝(すぎはらちうね)氏は、ナチス・ドイツによる迫害から逃れるユダヤ人を日本経由で他国へと逃亡させるために、手書きで大量のビザを発行しました

ビザを発行されたユダヤ人は、リトアニアからシベリア鉄道ウラジオストクを経由して敦賀に辿り着きます。

敦賀港からは日本国内の鉄道を利用して神戸港横浜港へと向かい、ビザが不要な南米のキュラソーなどへ逃亡していきました。

 

 

欧亜国際連絡列車」が無かったら、"マラソン最長記録"も生まれず、多くのユダヤ人が命を落としていたかもしれません。

そんな「欧亜国際連絡列車」の一翼を担った敦賀港線は、2019年4月に廃線となっています。

廃止時には貨物専用路線のような状態で、1945年頃から旅客列車は走っていませんでした。

 

一応補足しますと、敦賀港線という独立した路線は無く、支線扱いです。

当初は日本で初めての路線である東海道本線の支線、廃止時には北陸本線の支線でした。

歴史的に重要な路線が廃線となってしまったのは、寂しい気もします。

 

しかし、敦賀港では国際的な貨物航路が新設されているそうです。

鉄路は無くなりましたが、敦賀港自体が衰退しているという訳ではないようです。

今も敦賀港周辺には、旧・敦賀港駅舎杉原千畝氏の業績を称えた記念館が残っています。 

 

敦賀に来たら、「鉄道と船の町」の歴史に思いを馳せるのも良いかもしれません。

 

SLの車輪を見ながら「鉄道と船の町」の歴史に思いを馳せていれば時間もすぐに過ぎたでしょうが、この時は何も知りませんでした…

この時の自分に「欧亜国際連絡列車」の話を教えたいくらいです。

 

 

色々とブラブラしているうちに、バスが到着しました。

いよいよ、鯖浦線コンプリートに向けて出発です!

 

ここでバスの写真を貼るべきなんですが、何故かバスの写真を撮っていませんでした…

なので、敦賀市コミュニティバス常宮線について文字で補足します。

 

補足:敦賀市コミュニティバス常宮(じょうぐう)線

敦賀市コミュニティバス常宮線は、敦賀駅バス停~立石(たていし)バス停」を結ぶバス路線です。

区間の所要時間は片道約40分、運賃は片道で大人1人200円(均一運賃)です。

敦賀駅を出て次のバス停で降りても200円、立石バス停まで乗っても200円です。

 

コミュニティバスとは言え、福井鉄道バスの車両がやってきます。

マイクロバスのような小さい車両ではなく、よく見る路線バスタイプの車両です。

「なんかコミュニティっぽくないな」と思って見送らないようにご注意ください。

 

後乗り・前降りのタイプで、均一運賃なので整理券などは出ません

運賃は乗車時ではなく、降車時に支払います

今はどうか分かりませんが、自分が乗った時は交通系ICでの支払いは不可でした。

 

それでは、ここからはコミュニティバスからの車窓などをお届けしていきます!

 

敦賀駅を出て少しすると、「気比神宮前バス停」を通ります。

その名の通り、氣比神宮(けひじんぐう)」の最寄りとなるバス停です。

 

前述の通り、「氣比神宮」は鳥居が特に有名です。

氣比神宮・大鳥居」は、「春日大社・一之鳥居」「厳島神社・大鳥居」と並んで日本三大木造鳥居に数えられます。

 

さも詳しそうに書いてますが、大鳥居が有名なのはこの記事を書くのにあたって調べてから知ったことです。

バスに乗っているときは、何も知りませんでした…

 

 

海上の大鳥居が有名な厳島神社に関しては、下記の記事でも紹介しています。

よろしければ、お時間のあるときにご覧ください。

 

 

 

鳥居のことは何も知らなかったので、この時は写真も撮らずに素通りです。

お見せできる写真が無いので、代わりにGoogleストリートビューを共有します。

 

 

バスの右側から見える車窓も、こんな感じでした。

拡大していただくと、氣比神宮の大鳥居がよく見えます。

 

 

気比神宮前バス停を過ぎると、バスは交差点を左に曲がっていきます。

(上のGoogleストリートビューが、まさに曲がっている途中です。)

交差点を左折した後、少し進むと「気比の松原バス停」です。

 

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これは、バスの車窓から見た気比の松原です。

気比の松原」は、日本三大松原の1つに数えられます。

 

駅の改札付近にあった看板には、「鳥居」と「松原」の絵が描いてありました。

前述の通り、「氣比神宮・大鳥居」は日本三大木造鳥居の1つです。

そして、「気比の松原」は日本三大松原の1つです。

 

どちらも、日本三大〇〇に数えられる立派な名所だったということですね。

そして、常宮線のバスに乗れば「鳥居」と「松原」の実物を見ることができるという訳です。

この時は何も考えずに乗っていましたが、凄いところを走っていたんですね。

 

補足:日本三大松原
補足本文(クリック or タップで表示)

 

「日本三大松原」に数えられるのは、下記の3か所です。

 

三保の松原静岡県静岡市

気比の松原福井県敦賀市

・虹の松原(佐賀県唐津市

 

このうち、「三保(みほ)の松原」は世界文化遺産になっています。

「そんな話は聞いたこと無いぞ??」と思う方も居るかもしれませんが、富士山が世界文化遺産であることはご存知の方も多いはずです。

世界自然遺産だと勘違いされることも多いので、文化を太字にしました。)

 

三保の松原」も、「富士山」の一部として世界文化遺産に登録されています。

三保の松原」の他にも富士五湖」「忍野八海(おしのはっかい)」などの資産が世界文化遺産「富士山 - 信仰の対象と芸術の源泉」の一部となっています。

 

しかし、「三保の松原」は世界文化遺産になれない可能性もありました。

専門機関からは三保の松原を除くなら富士山を世界文化遺産にしても良いよ」と言われてしまったのです。

除外勧告を受けたのは、「三保の松原だけ富士山から遠すぎる」などが理由です。

 

最終的には、紆余曲折を経て無事に「三保の松原」も世界文化遺産となりました。

世界文化遺産に「三保の松原」も含まれた理由の1つは、その景観の良さです。

 

海と松原と富士山の景色は、葛飾北斎歌川広重も描いたほど綺麗な景色です。

これによって、「芸術の源泉」としての価値が認められたのです。

 

 

一方、「気比の松原」と「虹の松原」は世界遺産ではありません

ですが、この2つは「三保の松原」に比べて交通のアクセスが良いと思います。

 

「虹の松原」の近くには、JR筑肥(ちくひ)線の虹ノ松原駅があります。

虹ノ松原駅東唐津駅にかけて、広大な松原を見ることができます。

 

ただ、松原の全景というよりは松の木を近くに見る形になりますね…

東唐津駅からは少し引いたアングルで虹の松原が見えますが、全景というほどではありません。

(参考、東唐津駅のホームに降りたときのツイート)

 

 

全景が見たい方は、唐津城などを観光すると良いかもしれません。 

 

「虹の松原」の景色は、筑肥線の列車から楽しむことができました。 

気比の松原」の景色が楽しめるのが、今回乗車しているバス路線の常宮線です。

タイミングを逃して写真は撮れていないのですが、綺麗に見えるポイントは後ほどお伝えします。

 

 

最後に、松原というのは景観のためだけに作られたものではありません。

日本三大松原のみならず、基本的に松原は海に沿って広がっています

これは、砂浜の砂が海風に乗って住宅地へと流れ込むのを防ぐ「防砂林」の役割を松原が果たしているからです。

 

景観も良く、近隣住民の助けにもなる、そんな松原を是非お楽しみください!

 

バスは気比の松原沿いを走っていきますが、突然メインの通りを外れていきました。

どうやら、団地の中に入っていくようです。

 

その理由は、バス停が団地の中にあるからでした。

(確か、松葉町バス停」です。)

表の通りではなく団地の中にバス停があるのは、住民への優しさを感じました。

 

団地のバス停を出発すると、気比の松原からも離れていきます。

そして、海沿いを北上する形で走行していきます。

 

 

 

※地図は「拡大・縮小」をして見やすい位置に移動していただければと思います。

 

 

ここから、バスは若狭湾に沿って北上していきます。

終点の立石バス停まで、海沿いの道を20分ほど走行します。

 

途中、集落が現れたり消えたりを繰り返していました。

集落にはボートや船も多く、若狭湾が生活の一部になっているんだなと思いました。

 

 

終点の立石バス停に到着する直前には、「原電前バス停」を通ります。

原電というのは、敦賀原子力発電所敦賀原発のことです。

どうやら、敦賀原発の敷地内を通過していくようです。

 

「もしかして、入っちゃいけない場所なのか?」と少し不安になりました。

そんなことは無く、関係者でなくとも敦賀原発の敷地を通過することができました。

 

もちろん、実際に降りて敷地内に入るのは難しいと思います。

あくまでも、常宮線のバスに乗って通過するだけなら大丈夫ということでしょう。

 

 

原電前バス停を通りすぎると、トンネルに入ります。

このトンネルを抜ければ、終点の立石バス停です。

 

 

 

 

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【13:29 立石バス停】

 

敦賀駅から約40分、バスの旅(往路)が終了です。

運賃は後払いなので、現金で200円を払ってバスを降ります。

 

こちらが今回のお目当てである、終点の「立石バス停」です。

バス停標には、メーテル星野鉄郎が描かれていますね。

 

ここまでお世話になったバスは、堤防の奥へと進んでいきます。

10分ほど休憩した後、折り返しのバスとなって再びここへやってきます。

 

補足:敦賀市と『銀河鉄道999
補足本文(クリック or タップで表示)

 

立石バス停のバス停標に描かれた「メーテル」や「星野鉄郎」は、銀河鉄道999(スリーナイン)』のキャラクターです。

銀河鉄道999』の原作者は、松本零士先生です。

このようなコラボがされているということは、この地域が作者の地元であるという例が多いです。

 

しかし、松本零士先生は福岡県久留米市の生まれで、育ちは東京都練馬区です。

福井県敦賀市で過ごした経歴も無く、敦賀市銀河鉄道999』の関係性は不明かのように思われます。

 

ここで、先ほど補足した敦賀「鉄道と船の町」であることが関係してきます。

見落としていましたが、敦賀駅前には銀河鉄道999』や宇宙戦艦ヤマト銅像があったそうです。

宇宙戦艦ヤマト』も同じく、松本零士先生が関わったアニメです。

 

そんな鉄道と船の町である敦賀市が、1999年に敦賀港開港100周年キャンペーンの一環として、銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』とコラボしたようです。

松本零士先生もこのコラボに快諾して、駅前には銅像が立ちならび、バス停標にはアニメキャラが描かれているということです。

 

ここで、「さっき100周年って1982年じゃなかった?」と思うかもしれません。

「鉄道と船の町」の補足で100周年を記念したのは、敦賀駅の開業(1882年)です。

敦賀港の開港は1899年のこと、敦賀駅の開業よりも後に開港したんですね。

 

話を銅像に戻します。 

見落とした銅像は、駅前ロータリーの端っこ駅前通りである敦賀シンボルロード(白銀通り)沿いに並んでいるそうです。

 

敦賀シンボルロードというのは、常宮線のバスが通ってきた道です。

よく見れば、バスの車窓からも銅像が見えたのかもしれませんね。

 

駅から敦賀シンボルロードを10分ほど歩くと、「白銀町バス停」があります。

 

 

こちらが、白銀町(しろがねちょう)バス停です。

「アル・プラザ敦賀の目の前にバス停があります。

HEIWADO(平和堂)の文字も見えます。

 

ちなみに、平和堂滋賀県を中心にスーパーマーケットを展開する企業です。

滋賀県の他にも、福井県や愛知県など近畿・北陸・東海に店舗があります。

スーパーマーケットなどからも、地域の特色を感じとれる気がします。

(東北地方のヨークベニマル、中国地方のゆめタウン など)

 

今回の旅では、敦賀駅前で時間を持て余していました。

駅前ロータリーや敦賀シンボルロードの銅像を見ながら歩いて、この白銀町バス停から常宮線のバスに乗れば良かったですね。

恐らく、事前に銅像のことを知っていればそうしたと思います。

 

是非、みなさんは銀河鉄道999』や『宇宙戦艦ヤマト』の銅像をご覧ください!

自分も次に敦賀を旅したときには、見てみようと思います。

 

補足内でお話の内容が敦賀駅周辺に行ってしまいました。

元々は、立石バス停のバス停標から展開したお話でした。

お話の内容を立石バス停に戻します。

 

 

どうして立石バス停に来たかと言うと、鯖浦線の駅にレーダーを飛ばすためでした。

さて、本当にここから鯖浦線の駅をレーダーで取得できるんでしょうか?

 

それではご覧ください。

下記の画像が、立石バス停からのレーダー検知範囲になります。

(※画像はAndroidアプリ「最寄り駅サーチ」のものです。一部加工済み)

 

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アクセスするのが福井県最難関レベルの「織田駅」が、検知範囲に含まれています!

その他、立石バス停からは鯖浦線の6駅にアクセスすることが可能です。

 

ここで、鯖浦線全12駅(駅メモ内のデータベース基準)をまとめてみます。

 

駅名 読み 備考
鯖江 さばえ JR北陸本線からチェックイン可
鯖江 ひがしさばえ JR北陸本線からチェックイン可
越前平井 えちぜんへいい JR北陸本線からアクセス可(レーダー)
川去 かわさり JR北陸本線からアクセス可(レーダー)
西田中 にしたなか
佐々生 さそう
陶の谷 すえのたに 立石バス停からアクセス可(レーダー)
樫津 かしづ 立石バス停からアクセス可(レーダー)
下江波 しもえなみ 立石バス停からアクセス可(レーダー)
江波 えなみ 立石バス停からアクセス可(レーダー)
矢倉 やぐら 立石バス停からアクセス可(レーダー)
織田 おた 立石バス停からアクセス可(レーダー)

 

立石バス停からアクセスできたのは6駅、アクセス不可だった駅も同じく6駅です。

アクセス不可だった駅のうち、4駅(鯖江~越前平井)は簡単にアクセスできます。

JR北陸本線の他、福井鉄道福武線からもチェックインやアクセスが可能です。

 

となると、残るは佐々生駅西田中駅2駅です。

この2駅には、JR北陸本線からも立石バス停からもレーダーを飛ばせません。

ですが、福井鉄道福武線の一部区間からレーダーでアクセスできます

 

この通り、立石バス停から鯖浦線の全駅にアクセスできる訳ではありません。

ですが、アクセスが超大変な織田駅にレーダーが届くのは大きい利点です。

若狭湾を挟んでの織田駅へのアクセス、みなさんも是非お試しください!

 

補足:織田地域と信長公の関連
補足本文(クリック or タップで表示)

 

この記事では、鯖浦線の終点である「織田」の名前がよく出てきました。

織田という名前を聞いて、「織田信長との関係は?」と思った方も多いでしょう。

実は、織田信長公とも関係があるそうです。

 

織田信長」の名を知らない、という方は少ないかと思います。

学校の授業でも習いますし、テレビのクイズ番組などでもよく耳にする名前です。

 

旅をしていて岐阜駅で降りる機会がある方は、駅前にそびえ立つ黄金の信長公像を見たことがあるかもしれません。

ちなみに、元々「井口(いのくち)」と呼ばれていた地域を「岐阜」と名付けたのは信長公とされています。

 

信長公と言えば、尾張安土のイメージが強いはずです。

尾張国は現在の愛知県・岐阜県の一部、安土城があるのは現在の滋賀県です。

 

しかし、織田一族のルーツは愛知でも岐阜でも滋賀でもないようです。

織田一族のルーツがあるのが、鯖浦線の終点となっていた織田地域です。

付近には、「織田神社」もあるそうです。

 

織田信長公の生誕地、という訳ではありませんが織田一族発祥の地ではあります。

信長公のルーツを辿るべく、福井県の織田を訪れてみるのも良いかもしれません。

  

それでは、鯖浦線の残り2駅へアクセスするために動きます。

福井鉄道福武線の始発駅は、JRの武生駅から近い前武生(えちぜんたけふ)駅です。

武生へと向かうためには、まず敦賀駅に戻る必要があります。

 

まずは、折り返しのバスに乗って敦賀駅へ向かいます!

 

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常宮線の嬉しいところは、運賃の安さ折り返しの早さだと思っています。

13:29に到着したバスは、13:40発の敦賀駅前行きのバスとしてすぐに折り返します。

 

鯖浦線跡の近くを走るバスは、終点に着いたら折り返しが1時間後みたいな感じだったと記憶しています。

(もちろん、時間帯によっては折り返しがちょうど良いこともあるでしょう。)

これじゃ困るな…と思っていたところで「常宮線」の情報を見つけたので、ありがたいと思いました。

 

 

バス停標の横には、待合室があります。

帰りはバスが反対側の車線に来るものだと思って、待合室の向かいにある堤防で待っていました。

Googleストリートビューの向きを180度変えていただければ、堤防が見えます。)

 

ですが、バスは待合室側にある砂利が敷かれているスペースに停車しました。

(元々、Googleストリートビューで見えている位置です。)

堤防側で待っている必要は無かったようですね。

 

考えてみれば、敦賀駅行のバスを利用する方のために待合室があるんです。

「反対の堤防側に停車したら、何のための待合室なんだ」という気もしてきます。

 

なので、発車時刻まで待合室で待っていても大丈夫です。

皆さんは安心して待合室などでお待ちください。

 

 

敦賀駅前行きのバスは、海沿いの車線を走ります。

車窓から海を撮る場合は、行きよりも帰りの方が良いかもしれません。

 

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こちらは、手の浦海水浴場の近くです。

常宮線のバス停ですと、「手の浦バス停」「手の浦口バス停」の辺りです。

 

天気は生憎の曇りでしたが、白い砂や透明度の高い水が綺麗に見えました。

ちなみに、手の浦は「てのうら」ではなく「たのうら」と読みます。

 

「手の浦」の由来を少し調べてみましたが、分かりませんでした。

何か分かる方は、コメントいただけると嬉しいです。

 

 

手の浦を過ぎると、バスは再び「気比の松原」に近づいていきます。

 

 

海沿いの道が終わって、再び敦賀の市街地に入っていく直前です。

バスから気比の松原を見るなら、この辺が一番良いと思います。

 

バスから気比の松原を撮った写真が無い理由は、タイミングを逃したからです。

もうちょっと近づくかなと思ってスマホを構えていましたが、そうこうしているうちに建物に隠れて見えなくなってしまいました…

なので、恐らくこの辺りがベストなビューポイントです。

 

ストリートビュー内にある「Googleマップで見る」を押せば、位置が分かります。

みなさんは是非、良いアングルでバスから見る気比の松原をお楽しみください。

 

 

市街地に入り、団地のバス停も通りすぎ、バスは着々と敦賀駅へ進んでいきます。

このときは、記事で補足した「氣比神宮・大鳥居」や「敦賀シンボルロード」のことは知らなかったので、もちろん帰りも素通りです。

 

立石バス停から約40分、再び敦賀駅に戻ってきました。

運賃は後払いなので、現金で200円を払ってバスを降ります。(2回目)

 

往復で400円、約1時間半のバス旅が終了です!

 

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【14:17 敦賀駅

 

ちなみに、バスは定刻であれば14:19に敦賀駅に到着する予定でした。

しかし、実際には2分早く14:17に到着しました

バスは遅れるイメージが強いですが、こんなこともあるんですね。

 

武生(たけふ)駅までは、14:25発の特急「しらさぎ55号」を利用します。

定刻通りであれば、乗換時間は6分となります。

常宮線のバスから「しらさぎ55号」へと乗り継ぐ際は、時間にお気を付けください。

 

とは言え、常宮線のバスが停車するのも駅の出入口に一番近い「4番のりば」です。

特にトラブルが無ければ、6分乗り換えは余裕かと思います。

 

バスの「4番のりば」が近くて、行きは時間を持て余しました。

逆に、帰りは恩恵を受ける形になりました。

 

それでは、「鉄道と船の町」であり有名な鳥居松原がある敦賀を離れます。

福井鉄道福武線との乗り換え駅である「武生駅」へと出発です!

 

(続きは、「【駅メモ攻略】福井鉄道鯖浦線_旅行記(その2)」をご覧ください。)

 

 

まとめ

 

今回は、敦賀駅周辺の情報敦賀市コミュニティバス常宮線についてお届けしました。

福井県で最もアクセスが大変であろう織田駅に、若狭湾の対岸からアクセスするという少しトリッキーな攻略方法でした。

 

常宮線バスの利点は、運賃の安さ折り返しの早さだと思っています。

400円と約1時間半で敦賀駅と立石を往復できる上に、北陸本線の特急列車とも乗り継ぎが良いです。

 

常宮線のバスは1日3本と少ないのですが、12:50敦賀駅を発車するバスに乗る行程を組めば特に問題は無いかと思います。

記事でも紹介した通り、しらさぎ53号」しらさぎ55号」と相性が良いです。

 

安くて速くて(?)ちょうどいい、常宮線バスを是非ご利用ください!

 

※注意

新型コロナウイルスの関係で、祝日を除く月曜日~木曜日はしらさぎ53号」が運休となっています。

その他の列車に関しても、ご旅行の際は情報をご確認ください。

 

  

 

メインである「鯖浦線のコンプリート」は、(その2)の記事で達成します。

福武線の様子や鯖江駅周辺の情報も、(その2)の記事でお届けします。

 

また、(その2)の記事では1日の行程表を共有したり、他の攻略方法も紹介したりする予定です。

今回の旅は全部で3泊4日であり、「北陸観光フリーきっぷ」を利用しました。

フリーきっぷに関するお話も、 (その2)の記事でさせていただければと思います。

敦賀市コミュニティバス福井鉄道は、フリーきっぷでは利用できません。

 

 

最後に、常宮線のバスで攻略する方法は自分で考え抜いたものではありません。

駅メモWiki敦賀市コミュニティバスの存在を知って、それを実行しただけです。

 

敦賀市コミュニティバスのことを駅メモWikiに書いてくださった方に感謝します。

お陰さまで、若狭湾の景色などを楽しみながら鯖浦線を攻略できました。

 

自分が駅メモWikiを見て感動したように、この記事も誰かにとって助けとなっていれば幸いです。

 

あとがき(お断り)

 

この記事で記載した攻略情報は、あくまでも「一個人の旅行の記録」です。

「これが最適解である」といった意図はありません。

また、他の攻略記事を批判する意図も無いことをご理解ください。

 

付随情報」の部分では、みなさんの今後の参考になりそうな情報を紹介しました。

しかし、自分が乗っていない列車や自分が利用していない攻略法を記載しています。

正確な情報を記載したつもりですが、実際に見たり行ったりした訳ではないので一部に不正確な情報が含まれている可能性があります。

この点をご留意いただけますと助かります。

 

記載した情報は、基本的に自分が実際に旅行をした時点のものです。

現状と異なる部分には補足をさせていただいたつもりですが、記事の修正タイミング等により古い情報が掲載されている可能性がございます。

この点にもご留意いただけますと助かります。

 

 

ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

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今後とも、ブログ記事やコンテンツなどご覧いただけますと嬉しいです。

 

 

 

 

 


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